作品下書き

 アルケー歴2018年12月8日、ポザポにある小国・マントルの大統領トモグラフィーから、白亜国への「宣戦布告」が宣言されるというニュースが、驚きを持って世界中に配信された。そのニュースを寝耳に水の状態で聞き、頭を抱えたのが、白亜国からマントルに赴いていた国際派遣軍の司令官モクリトである。
 横一列に直立不動で並ぶ、方面軍の責任者5人を前に、モクリトは、まくしたてた。
「戦争の放棄を憲法に掲げ、停戦監視の任務でここに派遣された我が国が、派遣先の大統領から、宣戦を布告されるとは、どういうことだ?そして、その派遣軍の司令官である私が、その事実を本国からの架電で知らされるとは、どういうことだ?誰か答えてくれ」
 少し間があって、口を切ったのは、首都近郊派遣軍の軍団長レイトスだ。
「首都近郊の反政府軍の占領地域に邦人の居住区があり、そこに駐在の我が軍に、政府軍からの攻撃がありまして」
「何?攻撃されたから反撃しちゃった?そりゃ、マズいでしょ」
 すかさず言葉を発したのが、レイトスの横にいたタレスだ。
「いや、司令官、ご報告が遅れましたが、レイトス陸将から、その攻撃で我が軍にも負傷者が出たと聞いております」
 続いて、真ん中に立つエンペドが言うと、もう1人、その隣りのマンドロスも、
「我が国は戦争を放棄し、専守防衛を旨としてますが、相手に攻められたからには、その限りではありません。自衛の発動です」
 と言葉を放った。残る1人のメネスは、黙って顔をしかめている。モクリトは、依然、答えを探すように、5人を見つめた。
 モクリトの顔をうかがいながら、メネスが言った。
「でも、反撃をしたからと言って、宣戦布告はやり過ぎでしょう」
 すかさず、モクリトが続ける。
「それも私が司令官として赴任している、この時にだ」
 そう言って、モクリトがうなだれると、
「極秘ですが、宣戦布告の裏に三畳国の存在が囁かれています」
 と言ったのは、エンペドだ。それを聴くと、さらにモクリトの表情が険しくなった。レイトスが意を決したように声を出した。
「問題はまだ居住区に、我が軍の一部と居住民が残っている、ということです。これを見殺しにするわけにはいきません」
 タレスが叫んだ。
「今、戦えば、戦争ですよ。宣戦布告されてるんですから。かと言って、さらに犠牲者が出ても問題になりますよ」
 そこからは、それぞれが思い思いに発言をし始め、司令官室から誰1人出て来ない状態が、数時間続いた。

 白亜国からマントルに派遣された国際派遣軍の宿営拠点には、司令官室を出ると広間があり、そこが報道陣への対応場所になっていた。十数人のマスコミ陣が、そこで司令官モクリトが出て来るのを待っていた。白央新聞の記者ダストと、その助手兼カメラマンのガスも、もう2時間以上、そこで無為な時を過ごしていた。
「だから負傷者はいますが、死者は出てません。反撃を始めたら即、政府軍からの攻撃は終わったみたいです。・・・はい」
 携帯に叫んでいたダストは、そう言うと電話を切った。
「ここは楽な現場だと思ってたのに、とんでもないことになりましたね。私ら、いつ、国に戻れるんでしょう」
 すかさず、ダストに話し掛けたのは、ガスだ。
「本社は政局に結び付けたいのさ。そのために死者がほしいんだ」
 ガストは、吐き捨てるように言った。
「政局なんて、どうでもいいですよ。ここで戦争が始まったら、私らが死者かもですよ」
 すると、ダストは一段と声を荒げ、語り出した。
「私は前から反対だった。戦争放棄、戦力不保持を明記した平和憲法を掲げ、戦後何十年も平和国家としての歩みを続けて来た白亜が、例え停戦監視という目的であろうと、他国に軍隊を派遣することに。戦争の怖さ、悲惨さを一番知っているのが、我々だろ」
 マスコミ陣の目が、一瞬、ダストに集まったが、すぐに元に戻った。だが、一人の男が、ダストに近寄りながら、彼に声をかけた。
「侵略戦争に破れ、そのペナルティを押しつけられ、今も国土を他国に守られている国が、平和国家だと?頭、おかしいんじゃない」
 ダストは驚いて、その男を睨んだ。
「君は一体、誰だ」
 ダストはそう尋ねたが、男はさらにしゃべり続けた。
「お前らの憲法には、自衛権すらなかっただろ。それは敗戦で軍が解体され、自衛権すら手放したからだ。自衛権もないくせに、領土問題でゴタゴタ言うな。自衛権もないのに、兵力など持つな。偉そうに、こんな所に軍隊を派遣するなど、どんな了見だ」
「何だって」
 そう言って、ダストがその男の胸ぐらをつかむ。周りのマスコミ陣も、2人を見て騒ぎ始めた。
「私は三畳国、三畳日報のタウリだ。君は私を殴るのか?」
 と、その時、司令官室から人影が現れた。出て来たのは、顔を紅潮させたメネスだった。メネスが何かつぶやきながら、報道陣の前を横切ると、その後、モクリト司令官と残りの4人の方面軍陸将がゆっくりと現れ、記者会見が始まった。それは目新しい事実はなく数分で終わったが、その時にはタウりは会場からは消えていた。

 白亜国がマントルへの派遣軍の司令部として使っている建物の一角に、陸将メネス率いる第五師団の詰所となっている小部屋があり、そこに5人の部隊長が顔を揃えていた。アリストは、その中でも一番の若手であり、彼だけが防衛大学校卒ではなく、中途入隊という、異色の経歴の持ち主だった。
 朝方に召集され、小部屋に待機し、お昼を過ぎたが、メネスからの連絡はない。ところが、静まり返った部屋に、突然、顔を紅潮させたメネスが入って来ると、彼は誰に言うともなく、ぶつぶつ話し始めた。
「いくら私の学閥が異なるとはいえ、司令官の命令は、あんまりだ。私にレイトスの尻拭いをしろと言うのか。それも、くれぐれも穏便に、とは、どういうことだ。穏便にレイトスの兵と居住民、全部で百人以上を、どう救い出せと言うのか?ここで戦闘にでもなったら、責任は私になってしまう。モクリトは、すべての責任を、私に押しつけるつもりか。すべての責任を押し付け、あいつは自分だけ撤退するつもりではないのか」
 メネスの言葉は、あくまで独り言だか、その内容は、そこにいた全員に伝わった。だが、あまりの事の重大さに、誰も言葉を発しようとしない。
「くれぐれに穏便に、とは、どういうことだ・・・」
 メネスは同じようなことを繰り返しながら、今度は集まった5人の顔を、順番に探るように見つめた。だが、それでも発言する人間はおらず、レイレオ、ジェリスタ、ピクロス、レティウと、見つめられた部隊長たちは、視線をはずすか、うつむいて、メネスの視線をやり過ごす。最後に、メネスの瞳にアリストが写ると、そこに彼を見つめ返す、輝く笑顔があった。
「命令されれば、何でもやりますよ。それが役目ですから」
 アリストがそう言うと、周りの部隊長たちが一斉に反応した。
「馬鹿な。政府軍は武装してるんですよ」
「反政府組織だって、我々の味方ではないんだよ」
「戦闘など想定していないのだから、こちらの装備も手薄だろ」
「何をやるにしろ、まず、休戦の確約でもないと自殺行為だ」
 すると、アリストがドーンと机を叩き、
「ゴタゴタ言ってんじゃねえよ。命令があれば、それに従う。それしかねえでしょ。ね、メネス将軍」
 と一喝し、メネスを凝視した。メネスの顔から血の気が引いた。
「どうやって百人以上を救い出すんだ?」
 メネスが力のない声で、アリストに声をかけた。
「ここは、私の独断専行としてください。ご迷惑はかけません。なあに、勝算はありますよ。それでは今から命令を実行します」
 そう言うや否や、アリストは1人、部屋を出て行った。

 モズリーが学校に通えなくなったのは、高2の時だ。最初は学校が嫌で、自ら家に引きこもっていたのが、半年くらいすると、外に出ることさえできなくなった。そこから3年半、家でゲーム三昧をしていたモズリーが今、自衛隊員として異国の地・マントルにいる。それは、モズリー自身にさえ、夢のように思われた。
「悪いようにしないから、一度だけ、ついて来てくれ」
 仕事で滅多に家にいない父親レプトンが、ある日、モズリーをそんな言葉で、外に連れ出した。しぶしぶ、同行したモズリーが、訪れようとする場所の入口に見たのが「防衛大学校」の看板である。
「何だよ、ここは。学校なんて行かないからな」
 モズリーは、そう言って抵抗したが、そのまま建物の一室につれられると、そこにいたのは、モズリーが長い間、会っていなかった彼の祖父エレメントだった。エレメントは防衛大学校の名誉校長を務める人物で、そのエレメントがその場でモズリーに引き会わせたのが、アリストとドルトンという2人の現役軍人である。
 ドルトンは三十代くらいだろうか。軍人らしい厳つい顔をした男で、鋭い目はモズリーではなく、じっと正面に向けられていた。アリストは、もう少し老けていて、顔は強面だが、ニヤリと笑みを浮かべてモズリーを見ると、彼に向かって話し始めた。
「君はコンピュータが大好きなんだってね。私の部隊には、そんなものができる高尚な奴がいないから、助けてくれないか。なあに、軍隊と言ったって、体力を要する訓練などないし、勉強の必要もない。厳しい規律もないよ。君にはコンピュータで、簡単な書類なんかを作ってくれればいいんだ。そうだな、仕事がない時は、自由にゲームでもしてもらってても、構わないよ」
 そんな上手い話、信じられるか!モズリーは、咄嗟にそう思い、レプトンを睨んだ。でも、レプトンは正面のエレメントに顔を向けたままだ。その時、エレメントが話し始めた。
「アリスト君は、うちの卒業生ではない。だが、彼は私が民間から引き抜いた優秀な人材であり、私は彼を、我が国自衛軍の未来を担う男と見込んでいる。モズリー、彼は嘘つきではないよ」
 するとアリストが言葉を続けた。
「私は嘘は言わない。ただ、私の下で仕事をするなら、心に刻んでほしい。私たちの仕事は、常にお国のための最前線の仕事だ。その気概は持ってほしい。気概が持てないのなら、雇うつもりはない」
 モズリーは、アリストの言葉に従うことにした。でも、それは、これを機会に、家を出るのもアリだと思ったことと、嫌ならいつでも逃げだせばいい、とも思ったからだ。ところが、数日分の着替えなどを用意し、指定場所に顔を出したモズリーは、そのまま、車、軍用機に乗せられ、到着した先は見知らぬマントルの地であった。